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UDS RESORT
運営元 沖縄UDS株式会社

ARTWORKS
染谷 聡 / Satoshi Someya

(写真1・2枚目)
Drawing in the Process | 霞唯錦椀図
制作年:2022
素材:漆、MDF
サイズ:H400 W910 D30 mm

写真撮影:大屋 玲奈

(写真3枚目)
風景の宛て先#2_230211
制作年:2023
素材:封筒、切手
サイズ:H315 W610 D20 mm

客室:302号室

作品コメント
「風景の〈宛て先〉ーBeyond the sceneー」 染谷聡
工芸の分野では、模様を伝承してゆく過程で制作者によって抽象化されたり加筆されたりして本来の意味が変化することがよく起こるが、同じようなことが読み手の違いによっても生じることもある。
例えば、外国人観光客が奇妙な漢字のTシャツを「デザインが格好良い」と思って着ることがあるように、読み手の視点が変わることによって描かれている模様の意味や役割が変わることもある。このような誤読による「ズレ(差異)」は情報伝達の観点からは失敗かもしれない。
しかし一方で、その「ズレ」の中に品物の産地の歴史や風土、民俗を垣間見ることができ、装飾の「読み物」としての面白さがあるのだ。

パンデミック禍の2年程前、オンラインで興味深い切手を見つけた。その切手は、朱色の漆椀が描かれ、左上には日本語で「琉球郵便」、右下にはアルファベットの「3¢」という文字があった。一見すると不可思議で、架空の国の切手ように思えるが、実は1968年に米軍統治下の沖縄で発行された「琉球切手」と呼ばれるものだった。切手コレクターの間では「デッド・カントリー」の分野として知られ、まさに現存しない国の切手として扱われている。
切手の物珍しさに惹かれてゆくうちに、何故この漆椀が切手のモチーフになったのか。という疑問も湧いてきた。

なぜなら、この漆椀に描かれている模様は「山水楼閣人物模様」として知られ、基本的には琉球というよりも大陸の工芸品によく見られる模様だからである。
さらに調べてみると、この漆椀は現在、沖縄県立美術館・博物館に収蔵されていることがわかり、お願いして実物を拝見することができた。そうして何故この漆椀が琉球のシンボルとして切手のモチーフに選ばれたかという問いへの答えは、その模様の[デザイン]ではなく[技法]に理由があるとわかったのである。

漆椀に施されている風景模様は、「堆錦(ついきん)」という琉球独自の加飾技法によって描かれていたのだ。この漆椀は一見「大陸」様式の漆器に見えるが、実際には渡来品ではなく《朱漆山水楼閣人物堆錦椀》という、大陸の模様を写したまぎれもなく琉球製の漆器だった——そして戦後の1963年に「沖縄(OKINAWA)」のイメージとして在沖米軍向けの琉球切手を飾ることになった——という一連の流れがあるのだった。

なるほど、と琉球漆器であることの実証を得つつ、もう少し視点を変えてみた。では、この切手を使用していたアメリカ人たちはこの風景をどのように読み解いたのだろう——と。この風景の所在を「沖縄(OKINAWA)」に見ていたと想像を飛ばしてみると、この漆椀の持つ物語がにわかに広がってゆくように感じた。

先に話したように、それぞれの眼差しで模様が読まれる(誤読される)ことで品物の新たな物語(役割)が作られることもある。この堆錦椀に限っていえば、描かれている風景の舞台は人々の眼差しを渡り、受け手の立ち位置の変化によって、大陸ではなく沖縄へ、故事から別の物語へと移ろっていると言えるのではないだろうか。
少なくとも、切手の宛て先の1人である僕から見るこの堆錦椀の風景は、琉球と沖縄の歴史の物語を映し、交錯する様々な人々の眼差しを想像させる。そしてまた同時に、次の宛て先へと刻々と漂う所在不明の風景として映るのだった。

※本展示は2022年にホテル アンテルーム 那覇で開催された「風景の宛て先」展で発表された作品をベースに構成されています。

PROFILE

染谷 聡
染谷 聡 / Satoshi Someya

1983年、東京都生まれ。京都在住。2014年京都市立芸術大学博士課程修了 博士号(美術)取得。

装飾を「人々の遊び心や情緒、記憶を表象する〈読み物〉」と捉え、主に漆の装飾に焦点をあてた作品制作や調査を行う。最近の《ミストレーシング》シリーズでは、過去の漆芸品を調査し、写し間違えた自作品を通じて、現代における物と装飾の役割を探求している。

最近の展示に、「オマージュ・琉球漆器(浦添市美術館、2023年)」、個展「風景の宛て先」(Gallery9.5NAHA沖縄、2022年)、「根の力」(大阪日本民藝館、2021年)、「札幌国際芸術祭 特別編」(北海道立近代美術館想定、2020年)、個展「DISPLAY」(MITSUKOSHI CONTEMPORARY GALLERY、2020年)等がある。

プロフィール撮影:丸尾 日奈多